ホンダ工場・障害者雇用の現状と課題について視察


1960年、別府市内の病院の外科医だった故中村先生は、脊椎や頸椎を損傷した患者の治療法を学ぶため英国に留学。
その後留学で学んだことを日本に持ち帰り周囲の反対を押し切りながらリハビリの成功をさせる。
故中村先生の目標は、リハビリによる治療から障害者の社会的、経済的独立へと変わり、「障害者に保護よりも、機会を」と訴え、故中村先生の私財を投じて社会福祉法人「太陽の家」が設立した。

この考えを同調したホンダの創始者故本田宗一郎氏が、この大分県のホンダ工場へ「健常者」と「障害者」との共同に作業する場として積極的に障害者の方を受け入れ現在に至っている。
非常に「健常者」と「障害者」が仲が良く、四輪車、二輪車などの製造作業を行っていた。

また、障害者雇用をしているためバリアフリーなど非常に使い勝手の良い職場環境の施設であった。そして、社員一人一人の挨拶が気持ち良い対応であった。ご教授して頂きました皆様へ感謝申し上げます。


PAGE TOP